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東京高等裁判所 平成8年(ネ)1578号 判決

平成八年(ネ)第一五七八号事件及び同第一五七九号事件各被控訴人、同第一八七七号事件控訴人(原審原告)(以下「原告」という。)

本橋英

右訴訟代理人弁護士

高畑拓

横松昌典

髙木宏行

平成八年(ネ)第一五七九号事件控訴人、同第一八七七号事件被控訴人(原審被告)(以下「被告保険会社」という。)

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

伊藤助成

右訴訟代理人弁護士

坂本秀文

山下孝之

長谷川宅司

織田貴昭

嶋原誠逸

磯田光男

黒田清行

真田尚美

右訴訟復代理人弁護士

加藤文人

平成八年(ネ)第一八七七号事件被控訴人(原審被告)(以下「被告銀行」という。)

株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役

高垣佑

平成八年(ネ)第一八七七号事件被控訴人(原審被告)(以下「被告保証会社」という。)

ダイヤモンド信用保証株式会社

右代表者代表取締役

森岡正博

右両名訴訟代理人弁護士

小沢征行

秋山泰夫

香月裕爾

香川明久

露木琢磨

宮本正行

吉岡浩一

同訴訟復代理人弁護士

小野孝明

安部智也

上枝賢太郎

德田琢

平成八年(ネ)第一五七八号事件控訴人、同第一八七七号事件被控訴人(原審被告)(以下「被告松山」という。)

松山隆司

右訴訟代理人弁護士

伊藤亮介

寺澤幸裕

長坂省

五十嵐敦

岡田英之

荻原雄二

右訴訟復代理人弁護士

大石篤史

寺浦康子

主文

一  原判決主文二項及び三項中被告保険会社及び被告松山に関する部分を、それぞれ次のように変更する。

1  被告保険会社は、原告に対し、金四八一三万五八〇六円及びこれに対する平成六年六月二四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告保険会社に対するその余の請求及び被告松山に対する請求をいずれも棄却する。

二  原告の被告らに対する各主位的請求に係る各控訴、原告の被告銀行及び被告保証会社に対する各控訴並びに被告保険会社の控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その三を原告の、その一を被告保険会社の各負担とする。

四  この判決の一の1項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人らの各控訴の趣旨

1  原告の控訴の趣旨

原判決中原告敗訴の部分を取り消し、原判決を、順次、次のように変更する。

(一) 被告四名に対する主位的請求

(1) 被告らは、原告に対し、連帯して、金八四七万一六一三円及びこれに対し、被告保険会社において平成六年六月二四日から、被告銀行、同保証会社及び同松山においてはいずれも同年六月二三日から、各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

(2) 被告銀行と原告との間において、原判決別紙融資目録記載一の原告の被告銀行に対する借入金残金八八九〇万円の債務が存在しないことを確認する。

(二) 被告四名に対する予備的請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金九七三七万一六一三円及びこれに対し、被告保険会社においては平成六年六月二四日から、被告銀行、同保証会社及び同松山においてはいずれも同年六月二三日から、各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。

(三) 被告保証会社に対する請求

被告保証会社は、原告に対し、原判決別紙物件目録記載の土地及び建物についてされた東京法務局武蔵野出張所平成二年一月二一日受付第五四八号の原判決別紙登記目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  被告保険会社及び同松山の各控訴の趣旨

(一) 原判決中被告保険会社及び同松山各敗訴の部分をそれぞれ取り消す。

(二) 原告の被告保険会社及び同松山に対する各請求をいずれも棄却する。

二  原告の本訴請求の趣旨

右の原告の控訴の趣旨の(一)ないし(三)と同旨

第二  本件事案の概要、当事者の主張等

一  原判決の記載の引用

本件事案の概要(原告の本訴請求の前提となる事実、各当事者の主張、本件の争点)は、原判決四丁表二行目に「貸金」とあるのを「借入金」に、同八丁裏九行目に「担保不動産の処分」とあるのを「担保不動産の処分による」に、同一一丁表九行目に「相続税時」とあるのを「相続時」に、同一二丁表一行目に「かかららず」とあるのを「かかわらず」に、同一五丁表七行目に「錯誤」とあるのを「錯誤による無効」に、同二一丁表八行目から九行目にかけて「損害の発び」とあるのを「損害の発生及び」にそれぞれ改め、また、次項以下の各項に記載のとおり各当事者の主張を補足するほかは、原判決の「事実及び理由」の欄の「第二 事案の概要」の項の記載のとおりであるから、右の原判決の記載を引用する。

すなわち、本件は、相続税対策のため、税理士である被告松山、被告銀行吉祥寺支店の行員である黒木、被告保険会社の保険外務員である松本らの勧めによって、その所有不動産に被告保証会社のための根抵当権を設定して被告銀行から多額の資金を借り入れ、その資金によって被告保険会社との間で高額の変額保険契約を締結した原告が、その後の被告保険会社の変額保険特別会計の資産の運用がマイナス運用に終始し、右借入金の利息の支払に窮して右保険契約の解約に追い込まれたことなどから、被告らに対して、不法行為責任等を理由に、損害賠償等を求めている事件である。

二  原告の補足主張

1  松本の作成した本件シミュレーションの記載内容は、変額保険特別勘定の資産の運用利回りが年九パーセントとなり、銀行借入の金利が年6.2パーセントであることを前提とした上で、支払利息を含めた保険料等の支払のための借入金の累計等と変額保険による死亡保障合計金額あるいは解約返戻金額とを経過年数ごとに対比し、その結果としての運用益の金額を記載したものであるが、その運用利回りの具体的な数値の記載がないため、これを見る者にとっては、そのような運用利回り等の数値が前提とされていることは分からない記載となっており、いわんや、その運用利回りが4.5パーセントや〇パーセントという数値となった場合のリスクについては、何らの記載もされていない。そのため、その記載は、本件保険契約においては、右のようにして計算した運用益が、常に一定の増加傾向を示し、保険契約加入後二三年後まで常にプラスで推移していくものとの断定的な判断を提供するようなものとなっているのである。

また、そこには、原告が本件保険に加入した場合と加入しなかった場合とで相続税対策の面で具体的にどのような効果の差が生ずるのかも記載されていない。しかし、本件保険契約においては、その運用利回りが、一般に変額保険特別勘定の資産の中長期的な運用の基本的目安であるとされている年4.5パーセントにとどまった場合には、原告が契約後一五年間生存したときは、借入金の累計の方が死亡保険金額を上回り、死亡保険金で借入金を完済することができなくなってしまい、相続税対策の面でも、本件保険に加入しなかった場合より不利益な結果となってしまうのである。本件保険契約締結当時六一才であった原告の平均余命は約二三年であったのであるから、原告がこの平均余命期間生存したとした場合には、運用利回りが年4.5パーセントを下回ったときは、死亡保障合計金額が借入金債務の額を大幅に下回ることが明らかである。すなわち、本件保険契約においては、変額保険特別勘定の資産の運用利回りが年九パーセントを維持できた場合に限っていえば、被告らのいうような相続税対策の効果を上げ得るものの、利回りが右の九パーセントを下回った場合には、かえって損失を生ずる結果となるのに、被告らの側では、その点に関する説明を行わず、むしろ、相続時に支払われる保険金で借入金を返済し、さらに保険金の残りを相続税納付資金に充て得るものとし、自己資金なしで相続税対策ができるとの説明に終始していたこととなるのである。

しかも、この本件シミュレーションの記載では、当初の銀行からの借入額が一億三五七一万円とされ、原告の現実の当初借入額である一億七〇〇〇万円とは異なる、それより小さな金額が用いられているのであり、そのため、現実の借入金の累計等は、当然そこに説明されている金額より大きくなり、現実の運用益も、そこに記載された金額から半減してしまうこととなるのである。

このように、原告に対して誤った認識を与えることとなるような内容の本件シミュレーションの記載に基づいて行われた被告らによる説明には、極めて重大な信義則上の説明義務違反があるものというべきである。

2  変額保険特別勘定の資産の運用利回りの数値には、当該資産の契約加入日からある時点までの間の増減率を示す「騰落率」と、これを年率に換算した「年率」とがあり、一時払保険料の支払資金について銀行から融資を受けて変額保険に加入する本件のような場合に、銀行の貸付金利との対比という面で重要な意味を持つのは、後者の年率の数値の方である。ところが、原告に対する本件保険への加入の勧誘が行われた平成元年一一月当時の変額保険特別勘定の資産の運用利回りは、右の騰落率の数値こそ一〇パーセント以上の二桁の数値を示していたものの、年率の数値についてみると、これが一〇パーセント未満にとどまっていた契約が全契約の三分の一以上もあったのであり、被告保険会社における変額保険の運用実績は、昭和六三年一月以降平成二年六月ころまでの間は、ほぼ半数の契約において年九パーセント未満という数値になっていたのである。現に、原告が本件保険に加入してから以降のこの運用実績は、下降傾向をたどっており、本件シミュレーションに示されたプラス九パーセントという数値とはおよそかけ離れた結果となっているのである。したがって、当時の変額保険の運用実績が年一〇パーセント以上となっていたものとする被告保険会社の主張は、明らかに誤っている。

しかも、原告の場合、本件保険契約については、相続税対策を目的とし、銀行からの借入れによって一時払保険料を調達し、これを死亡保険金によって一括弁済することが予定されていたことからして、短期間のうちに解約することが予定されていなかったことは明らかである。そうすると、本件保険契約を締結する際に重要な意味をもつのは、変額保険の最近の短期間における運用実績の数値ではなく、将来二〇年以上の長期にわたって、この運用実績がどのように推移していくかという点であるはずである。したがって、この点からしても、被告らによる説明が極めて不合理、不当なものであったことは明らかである。

3  原告が本件保険に加入することを決断したのは平成元年一一月一六日の被告保険会社の松本の説明が行われた日であるが、その後平成元年一二月七日には、被告銀行から原告に対して、無担保で一億七〇〇〇万円もの多額の手形貸付が行われ、同日付けで第一回の保険料の支払が行われている。このような融資の経過等からすれば、本件保険契約の締結については、むしろ被告銀行の黒木が、被告保険会社の松本に先行する形で、主導的に原告に対してその勧誘を行い、その保険料支払のための融資の手続をも進めていたことが明らかなものというべきである。現に、黒木が松本に原告を紹介する時点で、黒木から松本に対して、資産の関係で死亡保障額を三億円とすることが告げられているのである。すなわち、本件保険契約の締結については、被告銀行の積極的な関与があったことが認められるのであり、したがって、本件においては、被告銀行の側にも、原告に対する説明義務違反があったものというべきである。

三  被告保険会社の補足主張

1  松本は、一時払終身変額保険である本件保険以外にも三種類の生命保険の契約の設計書、パンフレット等のほか、自らが作成した本件シミュレーションを原告に交付して、原告に対する説明を行っている。この説明では、変額保険の仕組みやこれが投資リスクを伴う保険であることが明示されているのであり、この説明によって、原告は変額保険の内容等について十分な知識等を得たものというべきである。

また、本件シミュレーションには、確かに変額保険における特別勘定の運用利回りが年九パーセントとなる場合を前提とした記載がされているが、原告に対して本件保険契約加入のための勧誘が行われた平成元年一〇月当時の経済動向、当時加入後一年を経過した契約の一年経過後の運用実績がいずれも一〇パーセント以上の実績を収めてきていたという変額保険の運用実績の推移等からすれば、この前提には合理的な根拠があったものというべきである。

2  仮に、原告の主張するとおり、原告が本件保険契約を締結するについて錯誤があったものとすれば、右のとおり、松本が変額保険の内容や仕組みについて十分な説明を行っていることからして、原告には、その主張に係るような錯誤をすることについて、重大な過失があったものというべきである。

3  本来、相続税対策というものは、本人の所有資産の額や家族構成、健康状態等の個別事情や、さらには、借入金利の変動や景気動向といった誰にとっても不確定な将来の予測事項を基に、専ら本人の責任において個別に決定されるべき事柄というべきであり、しかも、税務に関する正確な知識を有する者において初めてなし得る専門的判断に係る事項であって、単に保険への加入を勧誘するという立場にあるにとどまる保険会社担当者のよくなし得るところではないものというべきである。したがって、本件保険契約については、これが原告の相続税対策に関して具体的にどのような効果を持つかという点に関する説明は、被告保険会社にとっては、あくまで変額保険という商品を販売するについてのその商品の利用形態に関する一つの提案(商品選択情報)という意味を持つにすぎないものであり、この点に関する被告保険会社側の説明に関して、重大な責任をもたらすような信義則上の義務を認めることは、不当なものというべきである。

四  被告銀行及び同保証会社の補足主張

1  被告銀行の黒木は、原告を被告保険会社の松本に紹介したにすぎず、原告は、被告保険会社の松本の勧誘に応じて、自らが本件保険への加入を決定したのであり、被告銀行は、原告の意向に沿ってその払込保険料等の資金を融資したというものにすぎない。このような立場にあるにすぎない被告銀行、さらには被告保証会社においては、原告の本件保険契約の加入等について、何らの説明義務等の違反も認められないものというべきである。

2  原告の被告銀行からの借入金に対する金利は変動金利であり、一般に、変額保険の特別勘定における資産の運用利回りが低率となるときには、右の金利も低率となることとなる。したがって、右の運用利回りが低下することによって、当然に原告の借入金の累計との関係における収支に損失が生ずるものとする原告の計算や主張は、合理性を欠くものというべきである。

五  被告松山の補足主張

1  被告松山は、税理士として、原告に対して、相続税対策における生命保険の役割について一般的な説明をしたにすぎず、本件保険契約の締結を勧誘したという事実はない。そもそも、被告松山には、変額保険に関する知識も経験も全くなく、また、原告との面談の当時、松本から変額保険に関する資料すら受領していなかったのであるから、原告に対し、変額保険について説明して加入を勧誘するといったことはできるはずもなかったのである。したがって、被告松山について、原告の本件保険契約への加入に関して、説明義務違反があったものとする余地はないものというべきである。

2  被告松山が原告から受領した一〇万円の税理士報酬は、原告の求めに応じて口頭で行った相続税対策のアドバイスに対するものであり、原告が納税資金対策として本件保険契約を締結した機会に、この報酬を請求することができたものにすぎない。すなわち、被告松山は、原告の依頼により、保純の死亡に伴う相続に関して、相続人を交えた話し合いから分割協議書の作成に至る遺産分割手続、相続税の申告手続等に関する種々の事務処理を行ったが、これらの事務処理に対する報酬については、被告銀行の黒木からの要請もあって、大幅な減額をさせられる結果となった。そこで、原告が被告の納税資金対策に関する助言に従って本件保険契約に加入した機会に、右の報酬額のせめて一部だけでも補ってもらうという気持ちから、原告に対して一〇万円の報酬を請求し、これを受領したのである。したがって、被告松山が原告からのこのような報酬を受領していることも、被告松山に本件保険契約に関する説明義務を発生させる根拠となるものではない。

第三  当裁判所の判断

一  本件各契約締結に至る経緯について(これらの事実は、黒木及び松本の各証言及び各陳述(乙ロ一、乙イ五、イ一五の一)、原告及び被告松山の各供述及び各陳述(甲三三、三五、三六、乙ハ一)のほか、関係箇所に掲記の各証拠によって認められる。)

1  原告は、昭和三年生まれの女性であり、女学校を卒業した後、職に就くことなく、昭和三〇年に東京都庁に勤める保純と結婚した。保純は、昭和五三年に都庁を退職し、自己所有のアパートの賃料、年金等を収入としていたが、昭和六三年一二月に死亡した。保純の遺産は当時の価格で五億円を超えており、原告は、保純の死亡に伴う相続税の申告手続を、かねてからアパートの建築資金等の融資を受けていた被告銀行の黒木の紹介で、被告松山に依頼することとなった。被告松山は、平成元年六月一九日に右保純の死亡に伴う相続税申告書を武蔵野税務署に提出したが、同年一〇月一七日、原告は右の申告に関して税務調査を受けることとなり、被告松山が事情説明等を行い、同年一一月三〇日、修正申告書を提出した。

2  原告は、平成元年一一月初めころ、右の修正申告の件で武蔵野税務署に赴いた帰り、被告松山に対し、原告自身が死亡した場合の相続税対策について尋ねたところ、被告松山から、土地を担保に銀行から保険料を借り入れて生命保険に加入するという方法があることを聞かされた。この話を聞いた原告は、自身が死亡した場合の相続税対策として生命保険に加入することを考えるようになった。その後、原告は、被告銀行の吉祥寺支店に出かけた際、同銀行の担当者に対し、被告松山から相続税対策としていい保険があることを聞いた旨を話し、この原告の希望を受けて、同年一一月一四日、黒木が松本に対し、相続税対策として保険に加入することを希望している者があり、資産との関係で保険金額三億円くらいでどうだろうと、原告のことを紹介した。同じころ、被告松山も、松本に対し、相続税対策を考えている人がいるとして、原告の姓名と生年月日を教えるに至った。

3  松本は、黒木及び被告松山からの紹介を受け、右の平成元年一一月一四日、原告のため、保険金が三億円の場合には原告の年令との関係で被告保険会社の特別認可を受けないと機械印字による生命保険契約の設計書が作成できないこととされていたため、保険金額を一億円として、一時払終身変額保険、一時払終身保険、七〇歳払込完了の終身保険及び終身払込型終身保険の計四種類の生命保険契約の設計書を作成した。松本は、この中でも、死亡保険金が最も高額となる一時払終身変額保険が原告にとって最も有利な保険となるものと考え、さらに、「保障額三億円 六二歳女性」と題する右の変額保険の私製のシミュレーション(甲一六の本件シミュレーション)を作成した。なお、松本は、その証言において、自身が作成したシミュレーションは、これとは違うもの(乙イ七のもの。なお、その甲一六のものとの差異は、右の乙イ七のものにあっては、甲一六のものと異なり、死亡保障合計額や解約返戻金額と借入金の累計額とを対比した運用益の金額の欄が空欄となっている点にある。)であったとしている。しかし、右の甲一六の本件シミュレーションは、松本以外の者が作成するはずのないものであり、しかも、これが現に原告の手に渡っていることからして、右の松本の証言は信用し難いものという以外ない。現に松本は、当審において被告保険会社から提出されたその陳述書(乙イ一五の一)においては、一転して、自らがこの甲一六の本件シミュレーションを作成したことを認める陳述をするに至っているところである。しかし、これらの証言や陳述によっても、右の運用益の欄の記載のない乙イ七のシミュレーションが、どのような経緯で作成されて本訴の証拠として提出されることとなったものかは不可解であり、この点は、むしろ、松本の供述等の内容ひいては被告保険会社側の本訴における立証活動の在り方について、不審の感を抱かせるものというべきである。

なお、右の本件シミュレーションは、銀行からの借入金の金利が年6.2パーセント、変額保険の利回りが年九パーセントとなることを前提としたものであるが、この点の記載がないばかりか、そもそも、これが変額保険に関するものである旨の記載もないものであり、契約時から三年後、五年後、一〇年後、一五年後、二〇年後、二三年後のそれぞれの時点における、変額保険の解約返戻金の額と借入金の累計額(当初借入金額を一億三六八三万円とし、これに各時点までの複利計算による利息を加算した額)を対比した差額(運用益)、さらには、死亡保障合計額と借入金の累計額を対比した差額(運用益)を一葉の表に示したものであり、これらの運用益が年を追って増加していき、二三年後の時点では、死亡保障合計額と借入金累計額を対比した運用益が、二億四〇〇〇万円を超える金額となるものとされている。

4  松本は、翌一一月一五日、被告松山の事務所を訪れ、原告と面談できるように取り計らってもらえるよう依頼した。被告松山は、同日午後四時ころ原告宅を訪問し、原告の都合を聞いて、翌一六日午後四時に原告と松本が面談する約束を取り付けた。

なお、その際、被告松山が原告に対して本件保険契約等に関してどのような説明を行ったかは、必ずしも明らかでないところがある。原告は、被告松山が、松本から交付されたと思われる本件シミュレーションのみを持参し、その記載に基づき、保険料は銀行からの借入金で賄い、相続時に支払われる保険金で右の借入金を返済し、その残りの保険金を相続税納付資金とすれば、生命保険の利子の方が銀行の金利より高いので、借入金の返済は十分可能であり、自己の資金の必要はないものと説明したものと供述あるいは陳述する。これに対し、被告松山は、生命保険に依る保険金に非課税枠があること、これが納税資金となることなどの一般的な説明を行ったにとどまり、変額保険そのものの説明やその加入の勧誘までを行った事実はないと供述あるいは陳述している。

この点については、松本の活動手帳の当日の欄(乙イ九の三)に、被告松山に四種類の資料を届けたとする趣旨の記載があり、また、松本及び被告松山の双方が、本件シミュレーションが松本から被告松山に交付された事実はないとするものの、前記の四種類の保険契約の設計書が交付された事実を認める趣旨の供述、証言等を行っていることからして、右の各設計書を被告松山が原告に交付し、その内容についてある程度の説明を行ったという可能性は、十分あり得るものと考えられるところである。しかし、被告松山自身の供述からしても、同人が変額保険についてどの程度の知識等を有していたかは疑問であり、しかも、税理士であって被告保険会社の関係者でもない被告松山が、本件保険契約の内容等について立ち入った説明をし、原告に対して契約加入の勧誘活動を行うというのも、不自然な事態というべきである。したがって、被告松山が原告に対し、本件シミュレーションを用いて本件の変額保険について詳しい説明を行い、原告に対し保険契約に加入するための勧誘活動を行ったものとまですることには、疑問があるものとせざるを得ない。

5  松本は、翌一一月一六日午後四時ころ、原告宅を訪問し、一時間程度にわたって直接原告と面談を行った。

その際、松本が原告に対して、どのような資料によりどのような説明を行ったかの点についても、双方の言い分が対立している。原告は、松本が、既に被告松山があらかじめ原告に対して変額保険の内容等に関する説明を行っているとの前提の下に、何らの資料も持たずに来宅したものであり、本件保険契約について何ら説明を行わず、世間話に終始したものと供述あるいは陳述する。これに対し、松本は、原告に対し、特別勘定の資産の運用実績が年九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントとなった各場合の死亡保険金と契約返戻金の増減状況の記載された変額保険のパンフレット(乙イ一)、このパンフレットの記載方法に沿って原告について基本保険金を一億円として作成した前記の一時払終身変額保険の設計書(乙イ六と同一の内容のもの)等に加えて、さらに、前記の本件シミュレーション(松本は、これを甲一六のものではなく、乙イ七のものであったと証言していることは、前記のとおりである。)を交付し、これらの資料に基づいて、変額保険が投資リスクを伴うハイリスク・ハイリターンの保険であることを説明したものと供述あるいは陳述している。

この点については、前記のとおり、原告に対する変額保険の勧誘のために原告宅を訪れ、一時間にもわたって原告と面談を行った松本が、その勧誘のための資料を一切持参せず、資料を用いた説明を一切行わなかったとする原告の供述等は、いかにも不自然であり、にわかに信用し難いものとせざるを得ない。また、松本の証言からして、当日、松本は、本件シミュレーションを用いて原告に対する説明を行ったものと考えられるところであるが、右の特別勘定の資産の運用実績のいかんによって死亡保険金等の額が大きく変動するものであることを説明した変額保険のパンフレットや設計書が松本から原告に対して交付されたか否かの点については、これをいずれとも断ずるに足りるだけの資料が存しないものという以外になく、したがって、このパンフレットや設計書が原告に対して交付されていないとする原告の主張については、これを認めるに足りる証拠がないものというべきこととなる。ただ、本件シミュレーションの右のような記載内容等からすれば、仮に右のパンフレットや設計書(そこには、特別勘定の資産の運用実績のいかんによって死亡保険金等の額が大きく変動するものであることの記載はあるものの、本件シミュレーションにあるような、借入金の累計額との対比における差額(運用益)がどのように変動することとなるかの点に関する記載は存しない。)も原告に交付され、その内容について何らかの説明が行われたものとしても、原告が本件保険契約に加入するか否かの決断を行うについては、むしろ本件シミュレーションの記載の果たした役割が大きかったであろうことは、容易に推認できるところというべきである。

6  原告は、右の一一月一六日の松本との面談時に、その場で本件保険契約の締結を決意し、生命保険契約申込書(乙イ八)に署名押印した。なお、この申込書の不動文字部分以外の部分は空欄となっており、したがって、そこには、一時払保険金の具体的な金額も記載されていなかった。

松本は、その場で、一七〇頁に及ぶかなり大部の冊子である「ご契約のしおり(定款・約款)」(乙イ三)を原告に交付した(なお、原告自身は、当日このしおりを松本から交付されたことはなく、これは、その後被告保険会社から郵送されてきたものであると供述あるいは陳述している。しかし、右の生命保険契約申込書の右のしおりの受領印欄に、原告の押印がされていることからして、右の点に関する原告の供述等は信用し難いものというべきである。)が、この「ご契約のしおり」には、本件保険契約における保険金、解約返戻金、特別勘定の資産運用等の仕組みや動きが図解入りで説明されており、特別勘定の資産の運用実績のいかんによって死亡保険金及び解約返戻金の額が大きく変動することが、運用利回り年九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントの各場合を例に引いて説明されている。

7  原告は、一一月二一日、医師による診査を受け、被告保険会社は本件保険契約の締結を承諾した。また、松本は、一一月二〇日、被告松山に原告が保険に加入したことを連絡し、翌二一日、被告銀行に保険契約申込書の写しを交付した(乙イ九の七)。

被告銀行は、一二月七日、原告に対し、本件保険契約の保険料及び当面の利息支払資金に充てるため、一億七〇〇〇万円を手形貸付の方法によって融資し、(この契約が、本件融資契約(一)である。)、これを原告の普通預金口座に入金し(甲五の一、二)、同日、この口座から、本件保険契約の保険料一億三六三七万七七二五円が被告保険会社に振込みの方法で支払われた(甲四の一、二)。その後、一二月二六日、原告は右の手形貸付を本件融資契約(二)(長期総合ローン)に切り替える手続を行い(甲六の一、二、甲七)、本件保証委託契約及び本件根抵当権設定契約の各契約書のほか、念証、確認書等の書面に署名押印した(甲一一、一三の一、甲一四、一五)。本件融資契約(二)に係る一億七〇〇〇万円は、同日原告の普通預金口座に入金され(甲五の一、二)、平成二年一月四日、右の手形貸付の返済が行われた(甲三)。

8  原告は、平成元年一二月二〇日、被告松山から、前記の相続税の修正申告手続に係る報酬としての計四四万の他に、「相続税納税資金対策(日本生命分)」に係る報酬として一〇万円の支払を請求され、平成二年一月八日、被告松山に対して右の各金額を支払った(甲一七の一、二、甲三六)。

二  本件保険契約に係る保険(変額保険)の性質、内容等について

1  証拠(乙イ三)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約の内容は、次のようなものであることが認められる。

すなわち、本件保険契約に係る保険は、変額保険である。変額保険は、保険金額が特別勘定の資産の運用実績に基づいて増減する生命保険であり、被保険者が死亡するなどした場合には、基本保険金及び変動保険金が保険金として支払われる。本件保険契約においては、基本保険金の支払額(三億円)は保証されているが、変動保険金の額は、特別勘定の資産運用実績によって毎月その額が変動し、また、解約返戻金の額も、右の運用実績によって毎月変動することとなる。

この変額保険を相続税対策として用いる方法がある。すなわち、被相続人予定者が、その所有する不動産を担保として金融機関から資金の融資を受け、この資金を保険料の支払に当てて、変額保険に加入するという方法である。この場合、相続が開始すると、右の融資に係る元利金は負債としてその金額が相続財産の額から控除され、相続人は、死亡保険金によって右の融資に係る借入金を返済し、その剰余分を相続税納付資金に充てることができる。この死亡保険金は、相続財産とみなされることになるが、一定の非課税枠の範囲内では、相続税の課税対象からは除外されることとなる。

2  ところで、本件保険契約は、前記のとおり、当時六一歳の無職の女性であった、原告が、自身の相続税対策のために締結することとなったものであるが、被告銀行からの融資によってその保険料を調達してこれを一括払いすることが予定されており、また、この被告銀行からの借入金については、原則的には、その金利分をも含めて、原告について相続が開始し、本件保険契約に基づく死亡保険金等が支払われる時点で、これを一括して被告銀行等に返済することが予定されており、そのために、原告の被告銀行からの借入金債務を担保する目的で、原告所有の原判決別紙物件目録記載の土地及び建物について、被告保証会社のための根抵当権が設定されたのである。すなわち、本件保険契約に関しては、関係者の間で、原告がこの保険に加入することによって、原告について相続が開始した場合には、その死亡保険金等によって被告銀行から借り入れている元利金を完済するとともに、さらにその残余の運用益によって相続税の納付資金をも賄い、原告の所有していた右の土地及び建物については、これを相続人らの手元に確保できる結果となるということが期待されていたものとみることができるのである。

3  本件保険契約に係る保険が前記のような性質を有する変額保険であることからして、被告保険会社における変額保険特別勘定の資産の運用実績が終始年九パーセントの利回りを維持していくことができた場合には、本件シミュレーション(甲一六)の記載にあるとおり、被告銀行からの借入金(本件シミュレーションの記載において、この借入金額が、実際の当初借入金額の一億七〇〇〇万円ではなく、これより少ない一億三六八三万円とされていたことは、前記のとおりである。)の金利を終始年6.2パーセントとした場合であっても、契約締結時から五年後には、本件保険契約における解約返戻金の額が被告銀行からの借入金の元利合計額を上回ることとなり、この解約返戻金額あるいはその死亡保障合計額と借入金の累計額との差額に相当する運用益が年を追って増大する計算となる(このシミュレーションの記載では、二三年後の原告が八五歳の時点では、死亡保障の合計額と借入金の累計額の差額の運用益の金額が二億四四〇〇万円余にも上ることとされている。)ことから、この運用益を原告について相続が発生した場合の相続税の支払資金に充てることができるという計算になることが認められるところである。

しかしながら、証拠(甲六三)及び弁論の全趣旨によれば、右の資産の運用利回りが年4.5パーセント(弁論の全趣旨によればこの4.5パーセントという数値は、資産の運用利回りがこの数値にとどまったときには、死亡保障の額がほぼ基本保険金額と同額になってしまい、変動保険金に相当する保険金の給付を受けられなくなることからして、一般に変額保険特別勘定の資産の中長期的な運用の基本的目安とされている数値であることがうかがえる。)にとどまった場合には、原告の被告銀行からの実際の当初借入額である一億七〇〇〇万円を基に計算すると、原告が契約後一五年間生存したときには、借入金利を年6.2パーセントとして計算した借入金の元利の累計の方が死亡保障合計額を一億一八〇〇万円余以上も上回り、死亡保険金で借入金を完済することが到底不可能な事態となってしまい、さらに、原告が本件保険契約締結当時のその平均余命期間である約二三年間生存したとした場合には、右の運用利回りが、4.5パーセントを下回ったときは、死亡保障合計額が借入金債務の額を三億七七〇〇万円余も下回る結果となってしまうことが認められる。この場合には、右の運用益によって相続税の支払資金を賄うことはもとより、右のとおり担保に供している原告所有の土地及び建物を処分して被告銀行からの借入金等の返済を行う以外に途がなくなることが明らかであり、本件保険契約への加入が前記のとおり原告の企図していた相続税対策としての意味を持ち得なくなるものというべきことになるのである。

そして、証拠(甲六七、六八)及び弁論の全趣旨によれば、本件保険契約については、その契約締結時点である平成二年一月以降、その運用利回りは下降傾向をたどり、右の年4.5パーセントの数値に届かないどころか、むしろマイナスの運用が続く結果となり、解約返戻金の額も年を追って減額されることとなっているのに対し、他方で、原告の被告銀行からの借入金に対する利息の累計が年を追って増大していき(甲二二の一及び黒木証人の証言によれば、その利息支払額が、現実の当初借入額である一億七〇〇〇万円に対する利息の支払のための被告銀行からの新たな借入れを行う以前の当初の段階でも、月々八八万円近くもの金額になっていたことが認められる。)、そのため、前記のとおり、平成五年四月二八日、原告は本件保険契約を解約するに至ったものであることが認められる。

三  本件保険契約への加入の勧誘行為自体の違法、あるいは、詐欺、錯誤等に関する原告の主張について

1  原告は、被告らが、原告に対し、その所有財産自体を失ってしまう危険性が多分にあるような本件保険契約への加入を勧めること自体、違法なものと主張する。

確かに、前記のような性質、内容を持った変額保険である本件保険契約に係る保険においては、本件における原告のように金融機関から多額の金員を借り入れてその保険料を支払うこととした場合には、その加入者は、変額保険特別勘定の資産の運用実績のいかんによって、一方において大きな利益が得られる可能性があるものの、他方で大きな損失を被る可能性も考えられるのであり、その意味で、これが大きなリスクを伴う契約であることは否定し難いところである。しかし、原告が、前記のとおり、六一歳の無職の女性ではあるものの、亡くなった保純から相続するなどした多額の資金を有しており、また、その所有不動産を担保に供してアパート建築等のために金融機関から多額の資金の融資を受けるなどの金融取引の経験を有し(乙イ四四ないし四八)、さらに、少なからぬ数量の株式を保有し(乙ハ四の一、二)、証券会社にも口座を開設し、社債、国債ファンド等を保有するなどしており(乙ハ五、六)、資産の運用についてもある程度の経験を有していることがうかがえることなどからすると、右のようなリスクを伴う本件保険契約への加入を勧誘する対象者として、原告が全くその適格性に欠ける者であったものとまですることは困難なものというべきである。

したがって、被告らが原告に対して、その相続税対策として、本件保険契約への加入を勧誘すること自体が違法であるとする原告の主張は採用できない。

2  また、原告は、本件保険契約が、被告松山を始めとする被告らが一体となって行った詐欺行為によって締結されたものであると主張する。しかし、前記認定のような本件保険契約の締結に至る経緯からしても、本件保険契約への勧誘に当たって、被告らが、原告に対し、原告に損害が生ずることを認識しながら、ことさら原告を欺罔する目的で、本件保険契約の内容等に関する重要な事実を告知せず、あるいは、虚偽の事実を告知したものとまですることは困難である。したがって、右のような原告主張の詐欺の事実については、これを認めるに足りる証拠がないものというべきである。

さらに、原告は、前記のような変額保険の危険性を全く知らず、これが大きなリスクを伴うものではないものと誤信し、また、これが真実相続税対策として有効なものと誤信して、本件保険契約を締結したものであるから、本件保険契約の締結については、要素の錯誤が存在していたこととなり、また、本件各契約のうちの本件保険契約以外の各契約についても、要素の錯誤があったこととなるものと主張する。確かに、本件保険契約締結後の被告保険会社における変額保険特別勘定の資産の運用状況が、原告の期待したところを全く裏切るようなものとなり、その結果、原告が、資金を借り入れた被告銀行等に対し、いたずらに多額の負債を負担するのみの結果となったことは前記のとおりである。しかし、前記認定のような本件保険契約の締結に至る経緯、あるいは本件保険契約の内容等からすれば、これは、結局は、将来の資産の運用に関する原告の期待や見込みが予想外れの結果となったということに帰着するものというべきであって、このような見込み違いが生じたことをもって、本件保険契約の締結について原告に錯誤があったものとすることは相当でないものというべきである。そうすると、本件各契約のうちの本件保険契約以外の各契約についても、原告の主張するような錯誤の存在を認めることは困難なものというべきことになる。

また、原告は、被告保険会社、被告銀行及び被告保証会社には、原告との間で本件保険契約を締結するに際し、事前に十分な情報を提供し、その契約の性質や内容について原告に誤解が生じないような説明を行うべき募取法上あるいは信義則上の義務があり、被告らにこの義務の違反があった場合には、原告は本件保険契約の解除権を有することになるものと主張する。しかし、被告保険会社らに右のような義務違反があった場合に、これによって原告に本件保険契約の解除権が発生するものと解すべき根拠はなく、原告のこの主張も採用できない。

四  被告らによる本件保険契約に関する説明の内容等と不法行為の成否について

1  被告保険会社について

(一)  本件保険契約に係る変額保険が、前記のように、特別勘定の資産の運用実績のいかんによって保険金額や解約返戻金の金額が大きく変動するという性質を持ったリスクを伴う保険であり、このような性質を持った変額保険について特別の知識や経験を有しない通常の顧客にとっては、右のようなリスクが現実にどのような結果をもたらすこととなるものであるかの点について、正確な予測を行うことを期待することが困難なものと考えられることからすれば、顧客である原告に対してこのような保険契約への加入を勧誘する被告保険会社の担当者においては、信義則上、原告に対し、本件保険契約が右のようなリスクを伴うものであることを、その経済知識や経験の程度に応じて具体的に理解させ、本件保険契約に加入すべきか否かの点について、誤解に基づくことなく適切な判断を下すのに必要と考えられる程度の説明を行う義務があるものというべきであり、被告保険会社の担当者においてこのような必要な説明を行うのを怠ることによって、原告に損害を被らせた場合には、被告保険会社は、原告に対する損害賠償責任を免れないものというべきである。

また、本件保険契約は、前記のとおり、当時六一歳であった原告が、原告が死亡した場合に、相続人らが原告から相続することとなる不動産を手放すという事態に陥ることなく相続税を納付することができるようにするために資金面等での手当てを講じておくという、原告自身の相続税対策のために締結しようとするものであり、被告銀行からの融資によって調達した資金によって保険料を一括払いし、この被告銀行からの借入れに係る元利金については、これを死亡保険金等で一括して返済することが予定されていたのである。このことからすれば、原告が本件保険契約に加入するか否かを決断するについては、被告保険会社の変額保険特別勘定の資産の運用実績のいかんが、右の原告死亡時の保険金額にどのような変動をもたらし、しかも、その運用実績の変動のいかんによって、被告銀行からの長期にわたる借入金の累計額との対比における収支がどのように推移していくこととなるかの点に関する情報が、決定的に重要な意味を持つこととなるものというべきである。すなわち、被告保険会社が原告に対して本件保険契約への加入を勧誘するに当たっては、右の特別勘定の資産の運用実績のいかんによっては、本件保険契約による死亡保険金等が右の借入金累計額を大幅に下回るという深刻な結果となり、原告の所期する相続税対策が全く効果を収め得ない結果となるという事態もあり得ることを、ある程度具体的な数値を用いて説明すべき義務があるものというべきであり、このような説明を欠いて、ただ漫然と、本件保険契約に加入することによって原告の期待するような効果を実現できるものとするかのような説明しか行われていない場合には、被告保険会社に、前記のような説明義務違反が認められることとなるものというべきである。

(二) 本件において、被告保険会社の松本が原告に対して行った本件保険契約に関する説明の内容等についてみると、前記のとおり、松本が原告に対し、特別勘定の資産の運用実績が年九パーセント、4.5パーセント及び〇パーセントの各場合の死亡保険金と解約返戻金の増減状況の記載された変額保険のパンフレットや設計書を交付した上で、その記載内容に沿った説明を行った事実がないものとまですることはできず、また、同様の説明の記載のある「ご契約のしおり」を交付していることが認められ、これらの事実からすると、松本から原告に対して、本件保険契約に係る保険の内容が、特別勘定の資産の運用実績のいかんによって死亡保険金や解約返戻金の額が大幅に増減するという性質を持つものであることについて、何らの説明も行われていないものとまですることは困難なものというべきである。

しかし、原告が本件保険契約に加入するか否かの決断を行うについては、本件シミュレーションの記載の果たした役割が大きかったものと考えられることは前記のとおりであるところ、その記載が、変額保険の利回りが年九パーセントとなることを前提としたものでありながらこの点の記載がなく、契約時から一定の期間を経過した各時点における変額保険の解約返戻金や死亡保障合計額と借入金の累計額を対比した運用益が年を追って増加していき、二三年後の時点ではこの運用益が二億四四〇〇万円を超える金額となるものとされており、しかも、その計算の前提となる当初借入金額を現実の借入額である一億七〇〇〇万円を大幅に下回る一億三六八三万円としたものであることは、前記のとおりである。このようなシミュレーションを交付されて松本からの説明を受けた原告の立場からすると、前記の変額保険のパンフレットや設計書の記載からしては、特別勘定の資産の運用実績のいかんによって死亡保険金や解約返戻金の額が大幅に増減するということ自体は認識できても、これによって変額保険の解約返戻金や死亡保障合計額と借入金の累計額を対比した運用益がどのような推移を示すこととなるかの点については、必ずしもこれを具体的に認識することができないことからして、右の資産の運用実績のいかんによっては、死亡保険金等が借入金累計額を大幅に下回るという深刻な結果となり、原告の所期する相続税対策が全く効果を収め得ない結果となるという事態もあり得ることまでを認識することは、必ずしも容易なことではなかったものと考えられるところである。

むしろ、松本としては、原告に対して、本件保険契約への加入を勧誘するに当たって、変額保険の特別勘定の資産の運用実績のいかんによっては、右のような深刻な結果となる事態があり得ることを、原告の被告銀行からの実際の当初借入額である一億七〇〇〇万円という金額に基づいて、ある程度具体的な数値を用いて説明すべき義務があったものというべきことは、前記のとおりである。ところが、松本は、右の当初借入額を実際の借入額である一億七〇〇〇万円とした場合の本件シミュレーションにおけるのと同様の運用益の推移に関する計算や、資産の運用利回りが年4.5パーセント等の数値となった場合の同様の計算を一切行っておらず、したがって、そのような場合の右の運用益の額がどのような推移を示すかについての説明を、原告に対して全く行っていないのである(松本の証言)。

(三)  以上のような事実からすれば、被告保険会社の松本について、原告に対して本件保険契約への加入を勧誘するについて信義則上必要とされる説明を行うことを怠ったとの事実が認められるものというべきであり、したがって、被告保険会社は、この松本の不法な行為によって原告が被った損害について、賠償責任を免れないものというべきことになる。

2  被告銀行及び被告保証会社について

(一) 本件保険契約は、前記のとおり、当時六一歳であった原告が、相続人らが原告から相続することとなる不動産を手放すという事態に陥ることなく相続税を納付することができるようにするために資金面等での手当てを講じておくという相続税対策の目的から締結しようとするものであり、被告銀行から借り入れた一億七〇〇〇万円もの資金によって保険料を一括払いし、この被告銀行からの長期にわたる借入れに係る元利金については、これを本件保険契約による死亡保険金等で一括して返済することが予定されていたものであり、前記認定のような事実関係からして、被告銀行の黒木においても、このような事情を十分承知していたことがうかがえるところである。この点からすると、原告が被告銀行からの右のような多額の資金の長期にわたる借入れによる元利金の累計額を右の死亡保険金等をもって返済することが困難になるという事態の発生することが十分に予測されるにもかかわらず、原告においてその点に関する的確な認識を欠いていることが危惧されるような場合には、被告銀行と原告とのそれまでの関係、右の被告銀行からの資金の借入れに関する両者の間での具体的な折衝の経緯等の事情のいかんによっては、被告銀行においても、原告に対し、その貸付金の累計額の推移の予測等に基づき、右のような事態が生ずるおそれのあることを説明することによって、原告が被告銀行との間での融資契約(本件融資契約(一)及び(二))を締結するについて、適切な判断を下すのに必要とされる情報を提供すべきことが、信義則上の義務として要求されるという場合があり得るものとも考えられるところである。

(二) 本件にあっては、被告銀行は、かねてから原告との間で、その所有するアパートの建築資金等を融資するなどの取引関係があり(甲一八)、原告の方でも、被告銀行に対しては強い信頼を寄せていたことがうかがえるところである。本件保険契約の締結についても、被告銀行の黒木が、平成元年一一月一四日に、被告保険会社の松本に原告を紹介しているのであり、しかも、その際、黒木は松本に対して、原告の資産額との関係で保険金額を三億円としてはどうかという具体的な指示までを行っていることは、前記認定のとおりである。また、前記のとおり、被告銀行から原告に対しては、本件保険契約の保険料の支払資金として、平成元年一二月七日に、一億七〇〇〇万円の金員が貸し付けられているのであるが、黒木の証言によれば、その一か月以上前には、原告から被告銀行に対して変額保険に加入するための資金の融資に関する話が出ていたというのであり、しかも、被告銀行から原告に対して所要の担保を設定させるなどして右の金員の正規の貸付け(本件融資契約(二)による貸付け)が行われた平成元年一二月二六日より約二〇日前の一二月七日の時点で、何らの担保の提供をも伴わない手形貸付という異例ともみられる方法で、右の一億七〇〇〇万円の資金が貸し付けられ、即日、これが本件保険契約の保険料として被告保険会社に振り込まれているのである。原告の側からすれば、本件保険契約の締結をこのような方法を採ってまで急いで行う理由は何ら見当たらないのであり、むしろこれは、被告銀行が被告保険会社と早い段階から協力して、被告保険会社等の利益のために、原告による本件保険契約の締結を急いで実行させることとしたものと考えられるところである。これらの事実からすれば、原告の本件保険契約の締結については、被告銀行の黒木の方でも、その当初の段階から、かなり立ち入った形で密接な関与を行っていたことがうかがえるものというべきである。

(三) しかも、被告銀行の原告に対する本件の一億七〇〇〇万円の貸付については、前記のとおり、原告の死亡の際に本件保険契約によって支払われることとなる死亡保険金等の中からその返済が行われることが予定されていたのであり、それまでの長期にわたる貸付期間中に発生していく利息分についても、順次新たな貸付を行って行くことが予定されていたのである(黒木証言)。そうすると、変額保険である本件保険に伴う前記のようなリスクに関する知識を有していた黒木(黒木証言)としては、当然、将来の被告保険会社における変額保険の特別勘定の資産の運用実績のいかんによって、今後長期にわたることが予定されている貸付期間の経過によって更に増大していくこととなる原告の被告銀行からの借入金を、本件保険契約による死亡保険金によっては返済することが不可能となり、担保に供してある原告の所有不動産を手放さざるを得ないという事態が発生するという可能性もあることを、十分に予測し得たものというべきである。

他方、原告の側では、被告銀行からの借入額がいくらになり、これに対する利息の負担等がどの程度にまで増大していくこととなるのかといった点について、必ずしも的確な認識を有していなかったようであり、現に、被告銀行からの当初借入額自体についても、当初原告の側ではその正確な金額等を認識していなかったもののようにもうかがえるところであり(原告の前掲の各陳述及び供述)、むしろ、被告銀行の黒木等の担当者の側において、被告保険会社から通知された本件保険契約の保険料の金額に当面三年間の利息相当分を加算して、これを一億七〇〇〇万円としたものであることが推認できるのである(黒木証言)。また、前記の平成元年一二月七日に手形貸付の方法で原告に貸し付けられた一億七〇〇〇万円について、一二月二六日にこれを本件融資契約(二)に切り替える手続が取られていることは前記のとおりであるが、関係証拠(甲二、三、五の一、黒木証言)によれば、右の一二月二六日に本件融資契約(二)による一億七〇〇〇万円の融資が実行された後も、なぜか右の手形貸付金一億七〇〇〇万円の返済は翌平成二年一月四日まで行われておらず、いわばこの間の手形貸付金の利息と右の本件融資契約(二)による融資金の利息とを被告銀行が二重に利得していることになるという不明朗な経緯がみられるのである。

以上のような事実関係等からすれば、原告に対する被告銀行の本件各融資契約による融資については、一億七〇〇〇万円もの多額の資金の長期にわたる借入れによる元利金の累計額を右の死亡保険金等をもって返済することが困難になるという事態の発生する可能性も否定できないにもかかわらず、原告においてその点に関する的確な認識を欠いていることが危惧されるような状況が存在していたものというべきである。ところが、被告銀行の黒木らの担当者においては、これらの点にほとんど配慮することなく、むしろ原告が被告銀行を信頼し、借入金の額の決定等をも被告銀行側に一任しているような状況にあるのに乗じて、専ら被告銀行あるいは被告保険会社の利益を図るという意図から、不必要なまでに性急に、原告との間での融資契約を締結しようとしたものとみられる節があるものと考えられるのである。

(四) 右にみたような事実経過等からすれば、被告銀行が原告との間で本件融資契約を締結するに当たっては、被告銀行の黒木らにおいては、この被告銀行からの借入れによる元利金の累計額を本件保険契約による死亡保険金等をもって返済することが困難になるという事態の発生する可能性もあることをあらかじめ告知した上で、原告に慎重な判断を求めるという配慮を行うことが望ましかったものというべきである。このような点に何ら配慮することなしに、専ら被告銀行あるいは被告保険会社の利益を図るという意図から、性急に原告との間での融資契約を締結しようとした黒木らの行動は、原告からも強い信頼を寄せられていた大銀行の担当者の対応としては配慮に欠けるところがあり、非難を免れないものといわなければならない。

しかしながら、原告に対して前記のようなリスクを発生させる直接の原因となったのは、原告の本件保険契約への加入という事態であって、原告と被告銀行の間での本件各融資契約の内容それ自体は、特別のリスクを伴うといったものではなく、しかも、これは、あくまで原告が本件保険契約に加入するための手段として締結されたものにすぎないのである。さらに、原告に対する本件保険契約への加入の勧誘自体は、最終的には被告保険会社の担当者である松本がその責任と判断に基づいて行ったものであって、被告銀行あるいは黒木は、被告銀行らの主張するとおり、基本的には、原告を被告保険会社の松本に紹介し、また、原告の要望に応じて、本件保険契約に係る保険料の払込資金を融資したというにとどまるものというべきである。そうすると、このような立場にある被告銀行の黒木については、更に積極的に本件保険契約の内容等について被告保険会社の松本が行ったのと同様の説明を行い、原告に対して本件保険契約への加入を勧誘したといった事実が認められるという場合であればともかく、そこまでの事実を認めるに足りる証拠がなく、しかも、被告銀行の原告に対する本件各融資契約の内容それ自体に関して、特段不当あるいは不適切と見られるような説明等を行ったという事実も認められない本件にあっては、前記のような原告に対する対応が、信義則上の説明義務等に違反するものとして、不法行為を構成するものとまですることは、困難なものといわざるを得ない。

(五) なお、被告保証会社については、そもそも、その担当者等が、原告の本件保険契約への加入あるいは被告銀行と原告との間での右の融資契約の締結に関して、勧誘を行うなどの何らかの関与を行ったことを認めるに足りる証拠は見当たらない。したがって、本件保険契約や右の融資契約の締結に関して、被告保証会社の不法行為責任を認めることも困難なものというべきである。

3  被告松山について

(一) 原告の本件保険契約への加入について、被告松山が原告に対して、これが相続税対策になる旨の説明を行い、被告保険会社の松本を原告に紹介し、松本が原告宅を訪問して勧誘を行うための仲立ちをしたという事実があること、また、平成元年一一月一五日の日に被告松山が原告宅を訪問し、その際、原告に対し、松本が作成して被告松山に交付していたと思われる保険契約の設計書等の資料を用いて、その内容についてある程度の説明を行ったという可能性が十分にあり得るものと考えられることは、前記のとおりである。

しかし、他方で、被告松山が変額保険についてどの程度の知識等を有していたかは疑問であり、原告から亡夫保純の死亡に伴う相続税の申告手続等に関する事務を受任した税理士であるにすぎず、被告保険会社の関係者でもない被告松山が、本件シミュレーションを用いて本件の変額保険について詳しい説明を行い、原告に対し保険契約に加入するための勧誘活動を行うというのも不自然な事態であり、したがって、そのような事実があったとすることに疑問があるものとせざるを得ないことも、前記認定のとおりである。

そうすると、原告の本件保険契約への加入等に関して、被告松山について、説明義務の違反等を理由とする不法行為責任を認めることは、困難なものといわざるを得ない。

(二) また、被告松山は、原告が本件保険契約に加入したことに関して、右の相続税の申告等に関する事務に対する報酬とは別に、一〇万円の報酬の支払を原告に対して請求し、原告からその支払を受けた事実があることは、前記のとおりである。しかし、これは、もともと右の保純の死亡に伴う原告の相続税の申告に関する事務を被告松山が受任したのは、被告銀行の黒木の紹介によるものであったところ、この事務処理に対する報酬の額を黒木からの要請もあって大幅に減額させられることとなったことから、原告が本件保険契約に加入した機会に、いくらかでもこれを補うという意味合いもあって、一〇万円の報酬を請求することとなったもののようにもうかがえる(被告松山の供述、弁論の全趣旨)ところであり、被告松山が原告からこのような報酬を受け取っていることを理由に、原告が本件保険契約に加入することによって被った損害について、被告松山にもその賠償責任があるものとまですることも、困難なものというべきである。

五  原告の損害額等について

1  保険料と解約返戻金との差額に相当する損害

原告は、本件保険契約の保険料として、合計一億三六三七万七七二五円を被告保険会社に支払い、その後、これを解約して、九三一四万一六三一円の解約返戻金の支払を受けたものであり(この事実については、当事者間に争いがない。)、その差額の四三二三万六〇九四円は、被告保険会社の前記の不法行為によって原告が被った損害に当たるものと考えられる。

2  銀行からの借入利息及び費用に相当する損害

原告は、本件保険契約の保険料を支払うために、被告銀行から資金の借入れを行い、そのための利息及びさらにその利息を支払うための資金の借入れに伴う利息として、合計四四五一万八七一八円(前記の原告の主張にあるとおり、本件融資契約(一)に係る利息として八三万八三五六円、本件融資契約(二)に係る利息として、三九一九万二〇六九円、一一万三〇四〇円及び三八〇万六〇二七円、本件融資契約(三)に係る利息として五六万九二二六円の合計額)を被告銀行に支払い、また、右の被告銀行からの資金の借入れに係る費用として、合計五二一万五五二二円(前記の原告の主張にあるとおり、印紙代として一六万五六〇〇円、保証料として三六一万〇四一二円、担保査定費用として六五七〇円、登記手続費用として一四二万四七〇〇円、繰上返済手数料として八二四〇円の合計額)を支出し、他方で、合計一六九万八七二一円の填補(前記の原告の主張にあるとおり、本件融資契約(一)に係る利息の返還分として二万七九四五円、戻保証料として一六七万〇七七六円の合計額)を受けたことが認められ(弁論の全趣旨)、その差額の四八〇三万五五一九円も、被告保険会社の前記の不法行為によって原告が被った損害に当たるものと考えられる。

なお、被告保険会社の不法行為は、前記のとおり、直接は、原告と被告保険会社との間での本件保険契約の締結に関して認められるものであるが、前記認定のような事実関係からして、被告保険会社との間での本件保険契約の締結行為がなければ、原告が被告銀行との間で右の各融資契約を締結することもなかったものと考えられるものというべきであるから、この被告銀行からの借入利息及び費用に相当する損害も、被告保険会社の右の不法行為との間に相当因果関係の認められる損害に当たるものというべきである。

3  被告松山に対する紹介料について

原告が、被告松山に対し、本件保険契約の紹介に関して、一〇万円の報酬を支払っていることは、前記のとおりである。しかし、前記のような事実関係からすると、これは、被告松山が原告のために税理士として行った職務行為に対する対価として支払われたものと考えられ、したがって、この報酬額に相当する損害を、被告保険会社の前記の不法行為によって原告が被った損害に当たるものとすることは困難なものというべきである。

4  過失相殺

原告が被告保険会社との間で本件保険契約を締結し、また被告銀行との間で本件各融資契約を締結するに至る経緯等は、前記認定のとおりである。この経緯等からすれば、原告が本件保険契約及び本件各融資契約を締結するについては、被告保険会社の側に、原告が誤解に基づくことなく適切な判断を行うのに必要な情報を提供するという面で、信義則上の説明義務に違背する点があったものと考えられるものの、他方、原告の側にも、これらの契約の締結を決断するについて、被告保険会社及び被告銀行の担当者等に対して、これらの契約が将来どのような結果をもたらす可能性があるものであるかの点について更に詳細な説明を求め、また、交付されたパンフレット等の資料に十分目を通すといった注意を怠ったなどの点で、落ち度があったことを否定できないところである。

そのほか、原告の経歴や社会経験等の内容をも勘案すると、本件保険契約を締結するに際しての被告保険会社の不法行為に対比した原告の過失割合は、これを五割と考えるのが相当である。

したがって、被告保険会社は、右のとおり原告に生じた損害額(右1の四三二三万六〇九四円と右2の四八〇三万五五一九円の合計額である九一二七万一六一三円)の五割(四五六三万五八〇六円)の限度で、損害賠償義務を負うものというべきである。

5  弁護士費用

右の1、2及び4において認定した被告保険会社の賠償すべき損害額、本件訴訟の内容等からすると、被告保険会社は、原告に対し、本件訴訟の弁護士費用として、二五〇万円を賠償すべきである。

第四  結論

以上によれば、原告の被告らに対する各主位的請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却すべきであり、原告の被告らに対する各予備的請求のうち、被告保険会社に対する請求は、四六一三万五八〇六円(前記第三の五の4の過失相殺後の損害額である四五六三万五八〇六円と同5の弁護士費用分二五〇万円の合計額)の支払を求める限度で理由があり、その限度でこれを認容すべきであるが、被告保険会社に対するその余の請求並びに被告銀行、被告保証会社及び被告松山に対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。よって、原告の控訴に基づき、原判決中被告保険会社に関する部分を右の判断に従って変更するとともに、被告松山の控訴に基づき、原判決中同被告に関する部分を取り消して、原告の同被告に対する請求を棄却し、また、原告の各被告に対する主位的請求に係る控訴、被告銀行及び被告保証会社に対する各控訴並びに被告保険会社の控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・涌井紀夫、裁判官・合田かつ子、裁判官・宇田川基)

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